未来への平和のため、命を断った若者たち 知覧特攻平和会館

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鹿児島へ旅しようと決めたとき、観光ガイドブックでは扱いが小さく、最初は行く予定はありませんでした。でも、この年に行った観光地の中で、1番心を打たれた場所となりました。



1.「戦争や平和について、深く考えさせられる」この一言で決めました

出発前に、井沢式新ニッポン風土記を読んで、勉強のために行くことを決めました。

実は恥ずかしながら、知覧(ちらん)特攻平和会館の存在も知りませんでした。でも、その翌年の正月におばあちゃんに会って話をしたら、よく知っていました。



2.「知覧特攻平和会館」とは、どんなところ?

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屋久島桜島といった鹿児島県の定番観光地と比べると知名度はやや落ちるようですが、歴史的にも重要な意味をもつ土地でした。

太平洋戦争終盤、沖縄県でのアメリカと戦いで、日本は人類史上、例のない特攻作戦を行いました。20歳前後の若い男性を中心とした1000人以上が、爆弾をつんだ戦闘機に乗って、アメリカの戦闘用の船に体当たりして自爆攻撃するという恐ろしい作戦です。

沖縄県と近い鹿児島県の知覧には軍事基地があり、特攻基地となりました。ここから、多くの兵士が出撃したのです。この悲惨さを後世へ伝えるため、知覧特攻平和会館は完成しました。館内には、特攻隊に関する資料や、隊員の遺品が展示してあり、どれも戦いのすさまじさを物語っています。



3.館内は、どんな感じだったか?

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1番心を強く打たれたのが、特攻隊の方が、出撃前に身内へ書いた遺書です。

父へのメッセージ。
母へのメッセージ。
妻へのメッセージ。
子供へのメッセージ。
恋人へのメッセージ。

遺書は読みにくい文もあるので、100円で借りられる音声ガイドの利用をおすすめします。音による解説が頭にすっと入りますし、特徴のある遺書をいくつかピックアップして解説してくれます。

また、30分ほどの映画が数分おきに上映しているので、それも必ず見るべしです。記念に館内で販売していた本を買って何度か読み返したのですが、やはり、ここで見聞きした映像と音声までは再現できません。

明日を生きたくても、生きられなかった若者たち。彼らのおかげで、自分は平和な世の中を生きることができる。それを考えずにはいられません。涙なしにはいられないと聞いてすこし構えていたのですが、本当に涙なしにはいられませんでした。悲惨な現実ですが、こういった事実を知ることは大事だと思うので、行けてよかったと思いました。

穴沢少尉(しょうい)の遺書

穴沢さんは、婚約者の智恵子さんに対して、遺書の中で、

「あなたの幸を希う以外に何物もない。徒に過去の小義に拘るなかれ。あなたは過去に生きるのではない。勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと。あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。穴沢は現実の世界にはもう存在しない。

と伝えながらも、最後に、
 

今更何を言うかと自分でも考えるが、ちょっぴり欲を言って見たい。

として、

会いたい、話したい、無性に。今後は明るく朗らかに。

と、智恵子さんへの未練も記しています。そして、

自分も負けずに朗らかに笑って往く。

と出撃したのです。



4.知覧には他にどんなところがある?

今の知覧は、知覧特攻平和会館の他にも、観光地としての見所がいくつかあります。武士の住まいと敵からの防御機能を備えた「武家屋敷」や、お茶が有名です。「知覧茶」をよろしくです。知覧は、「薩摩の小京都」とも呼ばれます。散歩するだけでも楽しいところでした。



鹿児島県「知覧特攻平和記念館」への旅
参考データ

<旅をした日>
2010年12月

<参考にした本>
ことりっぷと一緒に旅をしました。

ページ数が少なくて読みやすかったです。

旅のきっかけとなった井沢元彦さんの本。

文庫版とキンドル版も最近でました。キンドル版も買っちゃった。旅先にも持って行けるので、便利!

<アクセス>

<関連サイト>

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