軍艦島ツアー② ただの廃墟と違う 命がけで働いた人々のドラマ

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船でゆられること約20分。軍艦島へ。



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あいらわずグロッキーでしたが、だんだんパワーが回復しました。


1.なんか。。。すごいよね。軍艦島の基本を学ぶ

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到着!

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ドドーン。

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おおお。

  • 軍艦島はもともと端島(はしま)って名前だった。軍艦(戦争用の船)に似ていることなどからその名前がついたんだって
  • 海底で石炭(当時のメインエネルギー源)がたくさんとれたもんで、注目されはじめた
  • 最初は県(当時の佐賀藩)が管理→会社経営(今の三菱さん)になり本格的に。島の周りを埋めたてながら広くして、もとの3倍くらいまでにしたとか

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  • 石炭の採掘(さいくつ、掘ること)が最も盛んだったころは、島の人口はなんと約5,300人
  • 学校・病院・神社もあり。さらに驚くのは、映画館やパチンコ屋もあったんだって!

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それからエネルギー源の主役が石炭→石油へ。1974年に閉山(終了)。そのまま無人島になりましたとさ。





2.「軍艦島はただの廃墟ではありません」ガイドさんの話が生々しい

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全員ではないかもですが、ツアーによって、軍艦島や周辺の炭鉱の島に実際に住んでいた当事者がガイドをされることもあるようです。今回はそうでした。石炭採掘の大変さを身をもって知っている人の話は、迫力が違います。

命がけの過酷な作業

メインの作業は海の底。海面下1,000m以上の地点もせまい&暗い&気温30℃&湿度95%の状況。そしてガス爆発の事故の危険も常にあり…(実際に事故はあった)。まさに、命がけの作業です。

日本の未来のために

石炭は、第二次世界対戦の少し前までは、世界のエネルギー源の約8割をしめるほどだったそう。それくらい、国の発展のために必要不可欠なものでした。そうです。ここには、日本の未来のために、命をかけて働いた人々のドラマがあったのです。

ガイドさんの熱い話を聞いていて、涙が出そうになりました。軍艦島が、見た目だけのただの廃墟(荒れ果てた建物)とは違うことが少し理解できた気がしました。すばらしいツアーでした。


平成21年、軍艦島は「世界遺産の暫定リスト」に入りました。産業遺産としての価値が再び評価されています



で、帰りの船。



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酔う人は、酔い止めね!




長崎県 長崎市「軍艦島ツアー」への旅
参考データ


<旅をした日>
2013年12月

<参考にした本>

軍艦島の特集もばっちり!

手のひらサイズならことりっぷで。

九州をいろいろ巡るなら、全体版もいいかも


<アクセス>

<関連サイト>

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